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ワイルド、オールド、シーサイド(南紀温泉めぐり・後半)

「つぼ湯」の受付は、湯の峰温泉公衆浴場の横にあった。

所在無げに窓口に座っている男性に待ち時間を聞いてみると、「今日は空いていますよ」という返事だった。
やはり運がいい。思わず嬉しくなったが、続く言葉は「今だと2時間待ちです」だった。
某テーマパークの人気アトラクション並みだが、無論ファストパスもエクスプレスパスもない。風情のある温泉街だから散策しながら待つかとも思ったが、時刻はすでに午後4時半である。今から2時間も待って入浴していては、白浜にとってある宿の夕食に間に合わなくなる。

今回の旅は温泉が目的とは言え、それだけではもったいないので、夕食には紀州名物の高級魚クエを使った会席料理を奮発した。
「つぼ湯」か、クエ会席か……。
温泉好きの食いしん坊にとって極めて酷な二者択一だったが、気持ちの天秤棒が食欲に傾き、「つぼ湯」は次の機会に譲ることにした。

後ろ髪をひかれつつ湯の峰温泉を後にし、国道311号線を紀伊田辺まで戻って白浜の温泉街に入ったときには、冬の日はすっかり暮れ落ちていた。

今夜の宿「浜千鳥の湯 海舟」は、白浜温泉の中心である白良浜地区からすこし外れた、眺望の良い岬に建つ宿だ。

 170531-01.jpg ※翌朝撮影

部屋で一休みしたところで、夕食の時刻になった。
メニューは、幻の高級魚といわれるクエをふんだんに使った会席だ。先付から始まり、アワビと熊野牛のステーキも付いた豪華なコースで、お目当てのクエ料理は、活け造り、茶碗蒸し、から揚げ、ちり鍋と雑炊だった。

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初めて口にしたクエは、活け造りでは淡泊な白身の魚という感じだったが、揚げ物や鍋物になると、ぷるんとした弾力のある食感と、淡泊さと濃厚さが同居した味わいがぐっと増す。さすがに名物と推すだけのことはあって、久々に美味しい魚料理を堪能させてもらった。「つぼ湯」には悪いが、こちらをとって良かったと思った。

ご馳走で満腹になったら、次はお風呂だ。
この宿は、敷地内に合気源泉と文殊源泉という2つの源泉があり、豊富な湯を掛け流しで使った内湯の大浴場、貸切露天風呂、そして宿の名前にもなっている混浴の露天風呂「浜千鳥の湯」という三つの風呂がある。
なかでも「浜千鳥の湯」は、宿のホームページを見たときから気になっていた。

「浜千鳥の湯」に行くには、いったん宿の建物を出て、鬱蒼とした樹林の中を下る九十九折れの階段を辿らなければいけない。
足元は照明で照らされているし、何も出ないだろうことはわかっているが、ひとりで歩くのはちょっと怖かった。

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やがて波の音が大きくなり、「浜千鳥の湯」に着いた。
写真は翌朝に撮ったものだが、まさしく絶景の露天風呂だ。

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混浴ではあるが、ラップタオルのような湯浴み着が用意されているので、女性も男性も安心して入浴できる。
広い湯船には、男女数人の先客がいた。
暗い海の向こうには、白浜温泉街の夜景が見える。
寄せては返す波の音に耳を傾けながら空を見上げると、北極星を中心とした北天の星空が広がり、カシオペア座のW型のアステリズムが綺麗に見えた。満天の星空を仰ぎ、潮騒を聞きながらの湯浴みは、じつに贅沢な時間だった。


一夜明けた翌日は、残念ながら本降りの雨だった。
窓の外に広がるのは、雨に煙る太平洋だ。晴れていればさぞやいい眺めだっただろうと思う。

朝食は、和食の盛り合わせだった。

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ひとつずつは一口くらいの料理だが、これだけ盛りだくさんだと、朝食としてはかなりのボリュームだ。
のんびりと朝食をいただくのも旅行の醍醐味だから、時間をかけて完食した。昨夜のクエ会席もすごいボリュームだったから、この二日ですこし太ったかもしれない。


さて、今回の温泉巡りのラストを飾るのは、白浜温泉の象徴といってもいい共同浴場「崎の湯」だ。
白浜温泉は日本三古湯のひとつで、日本書紀や万葉集に「牟婁の湯」という呼称で登場する。
湯崎、大浦、古賀浦、綱不知、白浜、東白浜、新白浜という七か所の温泉地を持つ一大温泉郷で、共同浴場の数も多い。その中にあって「崎の湯」は、立地、泉質、歴史のいずれにおいてもぶっちぎりのナンバーワンだろう。
だがこの風呂もやはり御三家に恥じず、入れるかどうかは行ってみないとわからないという事情がある。

駐車場に車を停めて、受付で料金を払う。
窓口のおばさんに、「あと30分で入れなくなるからね」と念を押された。宿でのんびりしすぎていたら、危ないところだった。
極めて簡易な脱衣場から外に出ると、「崎の湯」があった。

 170531-08_R.jpg

見てのとおり、太平洋に突き出した岬の先端、波が洗う岩礁をそのまま湯船にしたような岩風呂だ。
こんな風呂だから、当然のように満潮になると入浴できなくなる。
先ほどの受付の注意は、そういう意味だ。

潮が満ちる前に、湯船に浸かる。
波しぶきが降りかかるほど、海が近い。波打ち際とは、まさにこういうことを言うのだろう。
湯船を満たすのは、行幸源泉から湧き出すかけ流しの源泉だ。
この湯はその名が示すとおり、658年に斉明天皇と中大兄皇子が入湯したのを皮切りに、持統天皇、文武天皇なども入浴したという由緒正しい温泉だ。

潮の香りと、湯の香り。
いつまでも浸かっていたい風呂だが、堪能する間もなく潮が満ちてきて、係員に退出を促された。

いささか残念な気持ちで、奥の湯船に浸かる。
足を入れた湯船は底が抉れていて、かなりの深さがあった。こちらは、満潮でも入ることができるが、やはり面白みでは数段劣る。

紀州温泉御三家巡りは、一勝一敗一分けというところか。もうすこし「崎の湯」を味わいたかったな……。

そんな不埒な気分を、開湯1400年の温泉に見抜かれたのか、湯船の底の凹凸に足をとられた私は、見事にひっくり返ってしまった。派手に飛沫が上がり、「崎の湯」をたっぷりと味わうことができた。
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コメント
1338:いいなぁ~ by 山西 サキ on 2017/06/01 at 20:18:04 (コメント編集)

あれ?つぼ湯は入れなかったんですね。
あんな小さな湯船ですから1人ずつの入浴なんでしょうか?
2人くらいは入れるのかな?
たしか、つぼの底から直接湯が湧いているんだったかな?
湯の色は本当に変わるの?
うろ覚えの情報しか無いので、再度のチャレンジをお願いしたいなぁ・・・。

そして、素敵な宿、素敵な浜千鳥の湯、そして素敵な夕食、やっぱり旅はこうでなくっちゃ。クエ、脂がのってましたか?
つぼ湯を断念したのもやむを得ないですね。
朝食も美味しそう!

あ、やっぱり崎の湯ってあの露天風呂だ。
海に飲まれる露天風呂なんてなかなか経験できないですよ。
この湯も面白そうですね。
ひっくり返ってもTOM-Fさん、なんだかとっても楽しそうでした。
命の洗濯になったみたいですね。

1339: by 八少女 夕 on 2017/06/02 at 00:40:07 (コメント編集)

こんにちは。

そうか、その二択なら私も断然クエ会席ですよ。
って、クエって一度も聞いたことないお魚!
淡白で美味しいという事は、ふぐみたいな感じ?
死ぬまでに一度は食べられるかしら。
美味しそうだなあ。こういう楽しみ方って、本当に和食ならではですよね。

そして、「つぼ湯」には入れなくても、ちゃんと「浜千鳥の湯」なんて風情ある温泉に入っているし。ううむ。いいなあ温泉三昧。

そして、「崎の湯」はなんとか間に合ったのですね。ああ、この写真は見たことありますが、入った事はないや。いいですねぇ。「牟婁の湯」っていったら、「有間皇子ごっこ」なんかもできて……って、それは私だけ?

とにかくいろいろと羨ましい事です。地団駄踏んでいます。ダイエット頑張ってください。(ウルトラ負け惜しみ&遠吠え)

1340:>山西サキさん ありがとうございました by TOM-F@管理人 on 2017/06/02 at 19:55:54 (コメント編集)

>山西サキさん

そうなんですよ、「つぼ湯」は入れませんでした(>_<)
一組2~3人でした。グループ客がいたりして、もっと待つこともざらにあるそうです。朝一番を狙うのがいいみたいですね。
再チャレンジ、承りました。いずれリベンジします(行く行く詐欺w)

宿は良かったですよ。白浜の街中からはずれているので静かでしたし、食事も美味しかったです。
クエはほどよく脂がのっていて、ぷるんとした食感がたまりませんでした。毎年、食べにくるリピーターさんも多いとか。

「崎の湯」は波打ち際というより、海とほぼ一体という感じでしたね。満潮間近だったので、波が寄せるたびに飛沫がバシャバシャかかって驚きました。
いやあ、温泉をたっぷり味わっちゃいましたよ。げふん! って、飲用可能じゃなかったような……。

コメント、ありがとうございました。

1341:>八少女夕さん ありがとうございました by TOM-F@管理人 on 2017/06/02 at 19:59:00 (コメント編集)

>八少女夕さん

お、ここにも食いしん坊さんが(笑)
でもほんとに美味しかったので、そっちにして良かったです。
クエは最近になって白浜温泉が売り出した魚でして、見た目はけっこうグロいんですけど、身は美味しいんですよ。そうですね、フグに似てますけど、もうすこし脂がのった感じでしょうか。食べ過ぎると、もたれるようです。天然の本クエは希少ですが養殖ものもあって、たぶん東京あたりでも出す店はあると思いますよ。

「浜千鳥の湯」は旅館のお風呂ですから、見た目以上に洗練されていて、入っていて楽しかったです。次回の帰国の際には、ぜひお試しを(笑)

「崎の湯」はほんとにぎりぎりでして、もうすこし遅かったら奥の湯船しか入れなかったようです。
有間皇子って、謀反の罪でチーンな人じゃないですかぁ。「私は何も知らない。あいつが全部知っている」でしたっけ?
それはさておき、なかなかいいお風呂でしたので、こちらもおすすめしておきます。

え、ダイエット?
な、なんのことかな~(笑)

コメント、ありがとうございました。

1342:そりゃもちろん by 大海彩洋 on 2017/06/04 at 07:31:16 (コメント編集)

つぼ湯よりクエですよね。そうかぁ、クエは今まで宣伝をあまりされていなかったのですね。和歌山には結構知り合いが仕事をしていたりするので、行ったときはいつも話題になります。といっても、行ってしっかり食べたのはもう何年も前。また食べたくなりました。
つぼ湯よりそっちを優先されたのは正解でしたね(*^_^*) しかも朝食が豪勢だなぁ~。ちょっとずつたくさんってのがいいですよね。

「崎の湯」は写真で見たことがあります。でも、行ったことないなぁ。そうか、満潮時間・干潮時間を確認していかなくちゃならないのですね。なんか厳島神社みたいだなぁ~
和歌山は、泉佐野に棲む友人が時々ふら~っと温泉を楽しみに行くらしく、ちょっと羨ましい。でもここからだと、東京よりも遠いんですよね(時間的に)。私は何度かわたらせ温泉には行ったことがあります。でも、白浜ルートが崖崩れで、奈良ルートから行って、勝浦ルートから帰ってきたら、大旅行でした。奈良ルートなんて、車で行っても修行の道でした……(@_@)

こんなレア温泉には、温泉大臣(あれ、バトン大臣兼任?)TOM-Fさんにはぜひまたレポートしていただかなくちゃ。
TOM-Fさんの次の旅、また期待して待っています(*^_^*)

1343:こんにちは~(^0^*)ノ by かじぺた on 2017/06/05 at 18:01:37

一瞬、創作(小説)かと思っちゃいましたよ~
でも、写真もあるし??あ、旅行記だ!!って・・・
さすがです!!文章が叙情的でうまいなあ~
つぼ湯以外は本懐を遂げられたんですね~
まあ、次回行くための口実が出来たと言う事で
(^^*)v

クエ会席もめっちゃおいしそうだし~~
つぼ湯以外のお風呂も超良いし~~~
南紀白浜は1回だけ行った事があるんですけど
本当に海浜に沢山の温泉がありますよね~
入ってみたかったんですけど
次回のお楽しみに・・・と取っておいて
かれこれ10年経ってしまいました(^^;;)
また行きたいなあ~~~♪

1344: by つるけいこ on 2017/06/05 at 22:45:05 (コメント編集)

うわあ、楽しそうですね!
しっとり落ち着いた温泉もいいけど、こういう冒険的なところにはワクワクしてしまいます。
特に崎の湯には興味があります!
波大好きなわたしは絶対ハマりそうです♪
つぼの湯は残念でしたね。二時間待ちが「空いてますよ」扱いとは……。(笑)
でもクエも美味しそうです!
楽しいレポート、ありがとうございました♪

1345:>大海彩洋さん ありがとうございました by TOM-F@管理人 on 2017/06/06 at 18:52:39 (コメント編集)

>大海彩洋さん

それはもう、色気より食い気ですとも(爆)
クエを本格的に売り出したのって、近大水産学部で養殖が軌道にのってからだったような記憶があります。天然ものは高価でなかなか手が出ませんが、養殖ものならちょっと高級ってくらいのお値段ですね。でも食べ過ぎると、ちょっともたれるかも、です。朝食も豪勢なので、確実に太ったと思います(泣)

厳島神社は満潮の方が趣がありますけど、「崎の湯」は逆ですね。満潮でも陸地側には入れるのですが、波打ち際の方は入浴禁止になっちゃいますので、やはり満潮は避けたほうが楽しめそうです。

白浜までは高速が繋がったので、車でも楽になりました。それでも、気軽に行けるという感じはないですけどね。
渡瀬温泉って、あの広大な露天風呂の宿ですよね。あそこも一回は行ってみたいなぁ。
奈良ルートって、十津川越えですよね? それとも、龍神高野スカイライン? どっちも楽しいドライブコースですけど……うん、修行の道ですね、あれは(笑)

温泉大臣、拝命しました。バトン大臣より楽しそうだし(笑)
またどっか行ったら、レポート上げますので、よろしくお願いします。

コメント、ありがとうございました。

1346:>かじぺたさん ありがとうございました by TOM-F@管理人 on 2017/06/06 at 18:53:45 (コメント編集)

>かじぺたさん

文字ばっかりで読みにくかったかなぁ、と思っていましたが、思いがけないお褒めの言葉、嬉しいです。

「つぼ湯」は、ちょっと舐めていました。あんなに混んでるとは……世界遺産、恐るべしです(笑)
そうそう、再訪の口実ができましたので、また温泉巡りができそうです。

南紀は温泉が充実してますよね。今回紹介した川湯や湯の峰以外にも、たくさんの温泉が湧いていますので、一回ではとても楽しみ切れないですねぇ。また行きたいと思っています。
観光地も多いし、クエ以外にもグルメはあるので、ぜひリベンジなさってください(観光協会の回し者w)

コメント、ありがとうございました。

1347:>つるけいこさん ありがとうございました by TOM-F@管理人 on 2017/06/06 at 18:55:07 (コメント編集)

>つるけいこさん

はい、楽しませてもらいましたよ、いろいろと(笑)
そうそう、しっとりほっこりの温泉もいいですけど、たまにはこういう変わり種というか、ワイルドなのも楽しいですよね。

「崎の湯」、お気に召しましたか。白浜は海辺の温泉地ですが、波打ち際のお風呂は意外と少ないんですよ。満潮の直前を狙って行くと、迫力のある入浴が楽しめますよ~。
あと、「仙人風呂」じゃない、夏の川湯もおすすめです。自分で掘って作る露天風呂、ワイルドですよ~。
「つぼ湯」は、ほんと甘く見ていました。まさかそこまでとは……。あれは近くに泊まって、朝一番に行くのがいいそうです。うむう……。

南紀は温泉もグルメも歴史も自然も充実しているので、ぜひ足を運んでみてくださいね(観光協会w)

コメント、ありがとうございました。

1348: by へろん on 2017/06/27 at 23:47:59 (コメント編集)

はじめまして、へろんと申します。
私も和歌山が好きで毎年のように訪れていますので、和歌山の記事に反応してしまいました。
と申しましてもご紹介の温泉御三家やクエはまだ経験していないのですが・・・温泉で二時間待ちとは驚きました。すごいものですね。
クエ鍋は白崎でチャンスがなくもなかったのですが、見送ってしまいましたし・・・
和歌山では串本や太地がお気に入りなのですが、私も観光協会の回し者になれるようにもっと経験値を重ねたいものです(笑)

1349:へろんさん ありがとうございます by TOM-F@管理人 on 2017/06/29 at 00:01:09 (コメント編集)

>へろんさん

はじめまして。ようこそ、CourtCafeへ。

旅行がお好きなのですね。
南紀は白浜より先の串本や太地ですと、旅程などの関係で、すこし敷居が高くなる感じがします。そのぶん、見どころの多い場所ですから、毎年のように行っても楽しめるだろうなと思います。
三つの温泉、四季折々に魅力がありますので、足をお運びになってみてください。とくに、夏の川湯温泉はオススメです。
クエは魚がお好きなら、試してみる価値はあるかなと思います。本クエはお高いですが、近大の養殖ものなら比較的リーズナブルかと。
ブログ世界の辺境住人ですので、観光協会のお役には立っていないだろうと思いますが、こうして旅のことを書くのは楽しいので、また機会があったら記事にしたいと思います。
よろしければ、またお立ちより下さると嬉しいです。

コメント、ありがとうございました。

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