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長崎、さるく(後編)

「さるく」というのは、長崎の言葉で、のんびりとあちこちを歩く、という意味だ。
 長崎は、深く入り込んだ長崎湾を囲む山に抱かれた細長い町で、どこにいても山が見え、海を近くに感じる。
 この町には、「さるく」旅がよく似合う。

 今日は、午後から出島、ベイサイド、唐人屋敷跡などをたっぷりと歩き回った。春の長い夕方が終わるころ、ほどよくお腹が空いてきた。
 長崎の三大グルメは、ちゃんぽん、皿うどん、そして卓袱(しっぽく)だ。食い意地の張った私は、旨い物と聴くと食べてみたくなる。卓袱というのは、テーブルとテーブルクロスを意味する。その名のとおり、もともと大人数の宴会料理だから、おひとり様には向かない。だが、窮すれば通じるもので、卓袱料理を一人前から楽しめる「浜勝」という店がガイドブックに紹介されていた。
 築町から路面電車に揺られて思案橋で降り、地図に従って歩くと、お昼を食べた「ビストロ・ボルドー」の目と鼻の先に「浜勝」はあった。
 店は混んでいたが、予約なしでも席はあった。メニューから一人用の「ぶらぶら卓袱」をオーダーする。待つこと数分、「お鰭(ひれ)をどうぞ」という卓袱料理独特の挨拶から始まったコースは、お鰭(汁物)、白隠元豆の蜜煮、刺身三種盛、酢の物、ハトシ、口取り盛り合わせ、豚の角煮、御飯、香物というボリュームだった。

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 ハトシは、食パンの間に海老のすり身を挟んで揚げたもので、これ一個でもお腹にどっしりときた。

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 ギブアップ寸前のところに、とどめのデザートゼリーと梅椀が出た。梅椀は、塩漬けの桜の花が浮かんだ、お汁粉だった。ご馳走様でした。

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 長崎の夜景は、かつて神戸や函館と並ぶ「日本三大夜景」のひとつだった。それが、今や香港やモナコと並ぶ「新世界三大夜景」に昇格している。同時に、お値段の方も百万ドルから、一千万ドルに値上がりした。デフレなど、別世界の話だ。
 夜景鑑賞スポットの定番は、標高333メートルの稲佐山の頂上にある展望台だ。稲佐山には、金魚鉢のような全面ガラス張りのロープウェイが架かっている。乗り物好きの私としては食指が動くところだが、あいにく今は食べ過ぎてお腹が苦しいし、身体も重い。重量オーバーにはならないだろうが、できれば楽をしたい。
 そこで、「夜景見学ツアー」に参加することにした。ホテルの玄関先から中型の観光バスに乗ると、そのまま稲佐山の展望台まで運んでくれる。
 週末ということもあってか、バスは満席の盛況だった。参加人数が多すぎてバスを増発したとかで、本職のバスガイドではなく、添乗員のお兄さんがマイクを握った。玄人はだしの彼のガイドに笑いながら、曲がりくねった道路を登って稲佐山展望台に運ばれる。駐車場の空きを待って渋滞する車列を横目に、観光バス専用の入り口から駐車場に入ったバスは、展望台に文字通り横付けされた。
 バスを降りた途端、眼前に色とりどりの光の海が広がった。

   130424-06.jpg ※注:フリー素材です(携帯では無理があった)

 浦上、長崎駅、新地、東山手、南山手と広がる夜景を見ながら、ガラス張りの螺旋状の展望台を昇っていくと、屋上展望台に出た。
 人は、ほんとうに綺麗なものを見ると無口になるらしい。屋上にはたくさんの人がいたが、皆静かに光の海を見下ろしている。
 展望台の床にはLEDの照明が埋め込まれていて、その中にひとつだけ、ハート型の照明がある。その照明を見つけたら、今より幸せになれるという。
 探すほどもなく、ハート型の光は見つかった。夜風は冷たかったが、幸せを運んでくれているような気がした。

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 稲佐山からの帰路、福山雅治の実家(付近)で必要以上に徐行したあと、バスはホテルに戻った。
 時刻は、午後11時になろうというところだ。
 夜景の興奮も醒めていなかったので、新地中華街でなにかつまみ食いでもしようと思ったら、すっかり灯が落ちてゴーストタウンのように静まり返っていた。
 諦めきれず、中華街の反対側に向って少し歩くと、ネオンがきらきらと輝く通りに出た。人通りも多い。繁華街の銅座だ。
 ぶらぶらしていると、路面電車の駅が見えた。地図を確認すると観光通りという駅で、思案橋もほどちかい。昼間に路面電車で十分ちかくかかったところは、歩いても十分くらいで着く距離だった。

 柄にもなくバーでカクテルなど傾けたせいか、夢うつつの一夜が明けると、すこし寝坊をしていた。
 カーテンを開けると、今日も空は晴れている。
 バイキングの朝食を軽めに済ませ、荷物をまとめてホテルを出る。そのまま西へ向けて五分ほど歩くと、オランダ坂の麓に着いた。
 長崎には、坂道が多い。
 そのなかにあって、東山手一帯にある石畳の坂道群は、通称「オランダ坂」と呼ばれている。オランダ坂周辺は、かつて長崎に居留した西洋人たちの邸宅が建ち並んでいた場所で、その頃の面影を色濃く残している。
 私は、長崎に来れば必ず午前中にオランダ坂を登る。まだ観光客も少ないうちに登り、活水女子学院の校門前で振り返る。そこから見下ろす石畳の坂道は、お天気でも雨でも絵になるのだ。

   130424-08.jpg ※注:数年前に訪れたときの写真です

 だが、今朝は、やけにものものしい。坂道には人があふれ、カラーコーンまで設置してある。立ち止まっていると、ネームカードとボールペンをネックストラップに吊るした男の人が、「通りますか」と声をかけてきた。何事かと尋ねてみると、この人はNHKのスタッフで、さだまさしが原作を書いた「かすていら」というドラマのロケをしているという。「ご迷惑をおかけして」と恐縮するスタッフが、撮影本番の合間に通路を空けてくれた。
 活水女子学園の脇を抜けると、東山手十二番館がある。ロシア領事館からアメリカ領事館を経て、現在は旧居留地私学歴史資料館になっている。

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 そこから石畳の細い道をたどると、ライムグリーンと白の木壁の瀟洒な洋館が立ち並ぶ一角に出る。

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 公開されている一軒に入り、ぎしぎしと鳴る階段を昇り、南に向いたバルコニーに立つ。正面にはビルしか見えないが、脳内補完で、長崎湾に浮かぶ船を思い描いておいた。

 冬場に凍結したら絶対に通行を避けたいほどの急坂を下り、右に折れてすこし歩くと、孔子廟に着く。

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 極彩色の派手な堂内には、孔子の像とともに、麒麟の像も安置されている。麒麟というと「十二国記」を思い出すが、像を見ると「麒」と「麟」が逆じゃないのかと思う。中華的センスを理解するのは、どうにも難しい。

 長崎さるく旅の最後は、大浦天主堂に行こうと思う。
 すぐ近くにグラバー園もあるが、すでに何回も行っているので、今回は見送ることにした。
 孔子廟から電車通りに出て、桃カステラで有名な松翁軒を眺めながら歩く。東山手は意外なほど人影が少なかったが、南山手に来るとさすがに賑わっていて、緩やかな坂道は観光客の雑踏で埋め尽くされていた。

 大浦天主堂というのは通称で、正式には日本二十六聖殉教者堂というカトリックの教会だ。

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 仄暗い堂内には、たくさんの観光客はいたが、皆静かに着席して案内放送に聞き入っている。正面の祭壇に、ステンドグラスから差し込む光が虹色の彩りを添えている。目を上げると、まるで神々の住まう天上に誘うかのように、白と黒の幾何学模様が描くアーチ天井が連なっている。
 国宝に指定された大浦天主堂は、西洋のそれと比べるとこじんまりとした教会堂だ。しかし、ここは宗教史に残る奇蹟「信徒発見」の舞台となったところである。一人の宣教師もいないなか、弾圧に耐えて230年以上も信仰を守り続けた隠れキリシタンたちの話は、宗旨が違う私が聞いても感動で目頭が熱くなった。

 大浦天主堂をあとにして石段を下ると、連なる南山手土産物屋群の合間から青い長崎湾が見えた。思い返せば、ほとんど海を見ない旅だった。
 今日も朝から、よく歩いた。
 道の両側からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。坂道を下ったところには、ちゃんぽんと皿うどんの御殿「四海楼」が偉容を見せている。
 ちょうどお昼どきで、お腹がぐうっと鳴った。
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コメント
207: by つるけいこ on 2013/04/25 at 02:15:37

今回も子細な旅行記で楽しませていただきました。TOM-Fさんは本当に多趣味ですね~。
ひとつひとつのことによく目が行き届いているというか……。

稲佐山の夜景は本当に素敵ですよね!(*^^*)
銀河の上を歩いているみたいでした。

208:こんばんは、高橋月子です。 by 高橋月子 on 2013/04/25 at 21:36:11

こんばんは、高橋月子です。
長崎さるく、さるく、素敵な言葉ですね。
まるでゆっくりと歩きながら長崎の街を観光しているかのようにゆったりと読ませて頂きました^ ^
長崎、学生の頃に行ったきりでまた行きたくなりました。鉄子の月子は九州ではまだ在来線に乗った事がなく(路面電車は乗りました^ ^)羨ましいですー。
素敵な旅日記ありがとうございました。

209: by TOM-F@管理人 on 2013/04/26 at 18:47:51

> つるけいこさん

いつも、コメントありがとうございます。
お返事遅れて、すみません。

好奇心旺盛なもので、ついつい、いろんなことに目がいってしまうのです。
そのぶん、ひとつひとつは雑なんですけどね(笑)
稲佐山からの夜景は、綺麗でしたよ。さすが「新世界三大夜景」です。
「銀河の上を歩く」って、素敵な表現ですね。
ありがとうございました。

210: by TOM-F@管理人 on 2013/04/26 at 18:55:03

> 高橋月子さん

 コメント、ありがとうございます。
 お返事が遅れて、すみません。

「さるく」という語感がよかったので、タイトルに使いましたが、そのように感じてもらえてよかったです。
 長崎、良かったですよ。ぜひ遊びに行って下さい(観光協会の回し者ではありません)

 おお、高橋月子さんも「鉄」な人でしたか。
 JR九州の在来線は、特急だけじゃなく普通列車もスタイリッシュな車両が多いですから、そちらの方も楽しめますよ。TOM-Fのイチオシ路線は、肥薩線です。
 また旅日記も書くと思いますので、よろしくお願いします。

211:度々こんばんは^ ^ by 高橋月子 on 2013/04/26 at 19:39:25

度々失礼いたします^ ^
高橋月子です。
そうなんです、月子は時々【鉄子】になります(笑)
TOM-Fさんの鉄道のお話楽しみです^ ^
高橋の可愛いなぁ、って思ってしまった電車と路線は関東では流山電鉄(略)流鉄線ですね。菜の花号って菜の花色の可愛い電車が走ります^ ^ 関西のお友達のお家に遊びに行きすがら、余部鉄橋も連れて行ってもらいました^ ^
ふふふ^ ^

212: by ゆさ on 2013/04/26 at 21:23:28

長崎いいなああぁ!(^▽^)
九州新幹線に乗りたいです~車内とかシートとかぴっかぴかじゃないですか、乗りたい!
トルコライスおいしそう、わたし過去に食べましたがボリュームがすごくて食べきれなかったんです(;´∀`)どこのさっちゃんだ。
出島も中華街もいいですよねえ。
大浦天主堂のステンドグラス、綺麗ですよね☆浦上天主堂もですが、長崎の教会のステンドグラスってなんだか海の香りがします…ブルーがほんとにきれいで。
しっぽく料理やばいですね!お腹すいてきました。わたしもデザートでとどめ刺されたいです(笑)。
夜景も美しかったようで何よりです~☆

長崎は修学旅行で行ったきりです。グラバー邸と出島に行って、中華街でチャイナドレス買ってチリンチリンアイス食べたなあ。
また行きたい~~ふわ~~><

素敵な旅行記ありがとうございました!

213:Re: 度々こんばんは^ ^ by TOM-F@管理人 on 2013/04/27 at 14:56:29

> 高橋月子さん

 何度でもお越し下さいね、大歓迎です。

 おっと、流鉄。乗ったことありますよ。菜の花号じゃなかったですけど、あの鉄道、路線自体が目立たず控えめで、可愛らしいですよね。
 関東では、銚子電鉄も可愛いですね。「ぬれせん」買ってあげたくなります。
 餘部鉄橋は、山陰本線の東のハイライトともいうべき場所でしたね。不幸な事故があって、現在はコンクリートに架け替えられてしまいましたが、個人的にはとても残念です。

 機会があったら、また「鉄分の多い」記事も書きたいと思ってます。
 コメント、ありがとうございました。

214:Re: タイトルなし by TOM-F@管理人 on 2013/04/27 at 15:06:20

> ゆささん

 わ~い、コメントありがとうございます。

 九州新幹線「さくら」「みずほ」は、指定席利用を強く推奨しますよ~。乗り心地、最高ですから。
 トルコライスもしっぽくも、食べ応えありまくりでした(お腹パンパン)
 長崎の教会って、市内以外にもいっぱいあるんですけど、たしかに「海の教会」ってイメージありますね。長崎県自体が、海ばっかりですしね。
 TOM-Fは函館の夜景が大好きなんですけど、長崎の夜景も立体感があってなかなか良かったですよ。
 もし長崎に行かれるのでしたら、ぜひ「東山手」にもお出かけ下さいね。
 って、やっぱり観光協会の手先じゃん(笑)

215:後篇も楽しませていただきました(^^) by 大海彩洋 on 2013/04/27 at 23:32:08 (コメント編集)

長崎はやっぱり異国情緒と言いますか、食べ物を見てもおしゃれな感じなんですね…(^^)
実は修学旅行で鯛茶漬けと皿うどんを食べた記憶しか残っていませんでしたが、こんな素敵な懐石風もあるとは…
九州に入り込んだ途端、古墳やら石やら熊本の山奥~高千穂を目指してしまう私には、何だかまぶしい世界…でも機会があったら訪れてみたいな、と思いました。
九州新幹線は私もお勧めです。
これまで、福岡以外の九州は飛行機で行っていましたが、去年から新幹線に鞍替えしましたよ! 鉄ちゃんではないので、駅からはもっぱらレンタカーなのですが…というより、宮崎の山奥に行くのはレンタカー以外考えられなくて…ただ、レール&レンタカーの割引、みずほだと利かないのが残念です。

216: by TOM-F@管理人 on 2013/04/29 at 09:04:52

> 大海彩洋さん

 コメントありがとうございます。

 異国情緒はたっぷりですね。神戸や横浜や函館なんかも異国情緒はありますが、やはり江戸時代を通じて外国に門戸を開いていただけあって、長崎には「異国情緒」が根付いているように感じました。卓袱などは、その典型でしょうね。
 巨石に古墳も、九州の魅力ですよね。やはり歴史の深い土地ですから、いろんな魅力にあふれています。
 レール&レンタカーの割引「みずほ」は使えないんですか……そういえば、JTBなんかで手配すると、「さくら」と「みずほ」は割高でしたね。やはり、あの車内設備を使うには出すものは出せということでしょうかね。

 これからも、よろしくお願いします。

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