RSS

モニターの中の大災害

 去る3月11日、東北地方を中心に東日本の広域に及ぶ地震と、その後の津波によって沿海部に甚大な被害が出た。また、長野県の飯山地域でも、大きな地震があり、こちらにも少なからぬ被害が出ている。いずれの地域も、旅行などで訪れたことがあり、その風土や風景には心惹かれるものが多く、思い出深い場所だ。被災された皆さんに、まずはお見舞いを申し上げるとともに、行方不明者の無事救出と、被災地の復興をお祈りしたい。
 さて……。
 当方では地震の起きた当時、ほとんど揺れはなかった。大きな船が洋上でローリングするような、ゆら~り、ゆら~りとした揺れが長時間続いたが、私をはじめ周囲の人々も、貧血かなにかによる眩暈かと錯覚したようなものだった。その後の報道で、大災害であることを知った。
 災害発生から、2日余り。時間が過ぎるにつれて、さまざまな映像や情報がマスメディアで流れるようになった。被災者らが撮影した生々しい津波の映像、紅蓮の炎を上げて燃える町やコンビナートの映像、取り残された人々を警察のヘリコプターが救出する映像、福島第1原発1号炉の上屋が爆発で吹き飛ぶ映像などなど。テレビには、目を覆いたくなるような映像が流れ続けている。
 だが……。
 激甚災害の被災地であるというのに、その現場から届く映像は、あまりにハイクオリティなものばかりだ。最近では、民生用でもフルHDの動画撮影ができるカメラもあり、報道各社の情報インフラも強力だからだろうが、その映像が高品質であればあるほど、逆に受け取る側では、リアリティがなくなっていく感覚がある。映像の内容が、あまりにも現実離れしていることがその要因ではあるだろう。しかし、普段からリアリティを追求したVFX映像を見慣れているため、まるで映画のシーンでも観ているような感覚に陥る。
 今までも、同じような感覚を受けたことはある。それは、遠い外国での出来事であり、その意味でもリアリティに乏しいのだろうと思っていた。しかし、本邦で発生した大災害ですら、同じ感覚を覚えたことに背筋が寒くなった。こんな不謹慎な感覚は、私だけかもしれないが、あらためてヴァーチャルリアリティの功罪を思い知った気がした。
 ちなみに……。
 昨日、私が住んでいるマンションのコミュニティで、救援物資を募集していた。ささやかながら、手許にあった食料品と雑貨を届けさせて貰ったが、すでに多くの救援物資が山積みにされていた。いずれ諸外国からもさまざまな支援が寄せられるだろうが、やはり自国民が最大の支援をしなければならないだろう。感覚的なリアリティは薄くても、物品提供や募金などのリアルな行動をしようと思う。
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す

   

ようこそ

オーナー

TOM-F

Author:TOM-F
 
 ようこそ、Court Cafe へ。

 自作小説をメインに、アニメや旅行記など趣味のお話を綴っています。
 楽しいひとときを、おすごしください。

作品

FEOバナー

花心一会バナー

あの星バナー

妹背の桜バナー

記事

コメント

ブロとも

ブロとも申請

リンク

外部リンク