RSS

オリジナル小説書きさんへバトン

ブログのお友達 八少女夕さん がなさっていた『オリジナル小説書きさんへバトン』をいただいてきました。
最近、ネタ枯れなので、ありがたく使わせていただきます!

Q1. 小説を書き始めてどのくらいですか?

 曲がりなりにも小説の体をなしているモノで、他人様にお見せしたモノを書いてから、すでにn十年……。年数だけは経っているなぁ(遠い目)

Q2. 処女作はどんなお話でしたか?

 当時所属していた某クラブの文集に寄稿した、紀行文もどき。滋賀県北部の賤ケ岳と余呉湖を旅する「僕」のお話。ホントにしょうもない作品で、読み返すと悶絶するので、未来永劫に渡って封印するつもり。

Q3. どんなジャンルが書きやすいですか?

 旅行が好きで紀行文から入っているので、そういうジャンルが書きやすい……書いてないけど(笑)
 内容よりも雰囲気重視のデコレーション系小説ばかり書いている。たぶん、そういうのが好きなのだと思う。

Q4. 小説を書く時に気をつけていることは?

 文法とか作法とか、そういうムズカシイことは無理なので、気にしていない。誤字、脱字、誤用をなるべくしないように、あと、なるべく誤解なく内容を伝えられるように言葉を選ぶ、くらいかなぁ。

Q5. 更新のペースはどのくらいですか?

 最近は、年に数回という有様。もっと書きたいと思っているけど、書けないんですよね~。

Q6. 小説のアイデアはどんな時に浮かびますか?

 執筆以外のことをしているとき。テレビの特集なんかを観ているときが多いように思う。あと会社の会議中とか(苦笑)

Q7. 長編派ですか? 短編派ですか?

 短編ですねぇ。というか、書く前に息切れがしてしまって、長編が書けない。これは深刻だorz

Q8. 小説を書く時に使うものはなんですか?

 ずっとMicrosoft WORDのお世話になっていたが、最近、動作が不安定になってきたので、怖くて使えなくなった。しかたがないので、無料テキストエディタの「Mery」を使い始めた。

Q9. 執筆中、音楽は聞きますか?

 ウォークマン&イヤホンで、J-POPとかアニソンとかクラシックを聞いていることが多い。BGMとして聞き流すだけだけど。

Q10. 自分の書いた小説で気に入っているフレーズを教えてください。

 では自慢を兼ねて、三つほど。

『妹背の桜』第三章「幻月」より

 そのときのあのひとの笑顔を、わたしは忘れることができないだろう。
 喜んでいるのか、悲しんでいるのか、笑っているのか、泣いているのか。どうすれば、人はこんな表情ができるのだろう。あのひとが、とても遠くに感じた。それは、わたしには絶対に触れることができない笑顔なのだと思った。
 その瞬間、わたしの中に、ひとつの火が点った。ちがう、とわかっていた。けれど、その火はどんどん燃え上がった。もう、心も身体も、わたしの言うことをきかなかった。


『あの日、星空の下で』「Sign08. レオ・シューティングスター」より

「じゃあ、行ってくるね。智之ちゃん、詩織ちゃん」
 小さく手を振った綾乃は、リュックを肩にした。
 ポニーテールとシュシュと背中のリボンが、ゆらゆらと揺れながらセキュリティチェックの人の列に飲み込まれていく。綾乃はもう、振り返ることはなかった。
 そのとき、不意に、僕の胸がぎゅっと締め付けられた。あのゲートの向こうは、僕には手の届かない世界だ。綾乃が、いつまでも手を繋いでいられると思っていた幼馴染が、とても遠くに感じた。
「綾乃っ!」
 聞こえるはずがないとわかっていたが、僕は思わずそう叫んでいた。そのあとに言うべき言葉など、考えていなかった。ただ、もう一度、綾乃に振り向いて欲しかった。


『ウィーンの森』より

 秋の日の午後、イズミがいつもの席でメランジェを飲んでいると、不意に風にのってシュテファン寺院の鐘の音が聞こえてきた。彼女は、カップを両手で包み込むように持ちながら、目を閉じてその音に聞き入った。祈り、憧憬、あるいは思慕だろうか。僕にはうかがい知ることもできない心情が、イズミの横顔にかすかな陰影を浮かび上がらせていた。風に黒髪が揺れるたびに、その横顔は微妙に表情を変えた。僕は言葉を失い、彼女を見つめることしかできなかった。
 鐘の音が止むと、イズミはひとつため息をついてから、口をひらいた。


Q11. スランプの時はどうしてますか?

 執筆とは関係ないことをする。最近はずっとスランプなので、執筆と関係ないことばかりしているという、笑えないオチに。

Q12. 小説を書く時のこだわりはありますか?

 前にも書いたことがあると思うけど、登場人物がその時その場所で、見えたもの、聞こえたもの、感じたものなどを書き込みたいとは思っている。それと、創作(フィクション)以外の部分は、できるだけリアリティを持たせたい。追体験をしてもらえれば、とか不遜にも考えているので。
 あとは情景が動画として見えるように書きたいと思っている。将来の映画化が前提……(以下自粛)

Q13. 好きな作家さん&影響を受けた作家さんはどなたですか?


 北杜夫、宮脇俊三、佐々木丸美ですね。あとは、福井晴敏、森博嗣、瀬名秀明、小野不由美なんかも好きですし、影響を受けていると思います。

Q14. 感想、誤字脱字報告、批評……もらえると嬉しい?

 嬉しいです。やはりネットに流しているのは、反応が欲しいからだし。 たんなる誹謗中傷でなければ、きついご意見や批評もOKです。もちろん、褒めてくれるとすごく喜びます。

Q15. 最後に。あなたにとって「書くこと」はなんですか?

 趣味そして娯楽。それを超えるレベルにはできそうもないし、それ未満のレベルではやりたくないので。


みなさんすでになさっているバトンですが、夏休みを持て余しているヒマな方がいらっしゃったら、お持ち帰りくださいませ。

DUNU DN-1000

今日の記事は、趣味の音楽鑑賞に使っているイヤホンのお話しだ。

三年ほど前に、ATH-IM02というイヤホンを紹介したが、今回はDUNUのDN-1000という機種を紹介したい。

ATH-IM02は、バランスドアーマチュア(BA)型ドライバを2機搭載しているイヤホンで、繊細でありながら元気のいい音が気に入っていた。とはいえ、もともとダイナミック(D)型ドライバのヘッドホンやイヤホンを愛用してきた耳には、音の物量がどうしても物足りなく感じていた。

そんな折に、いきつけのイーイヤホンやヨドバシカメラの店頭で、ハイブリッド型というイヤホンを見かけるようになった。
ハイブリッド型というのは、D型ドライバとBA型ドライバを組み合わせたものだ。D型の塊感のある音と、BA型の粒立ちのいい音のいいとこどりをしようというのがコンセプトだ。

店頭で試聴したのは、SONYのXBA-A2という機種と、DUNUのDN-1000という機種。どちらも、D型ドライバ1機にBA型ドライバ2機という、3ウェイ構成だ。
実を言うと、本命はXBA-A2だった。だが、試聴の結果、選んだのはDN-1000だった。

 170729-01.jpg

決め手になったのは、音の質感の違いだった。
XBA-A2の方が派手な音で聴き応えは上だったのだが、どこか金属的な冷たい響きがあった。それに比べてDN-1000は、地味な音ではあったが、えもいわれぬ艶っぽさがあった。

比較試聴に使った曲は、①霜月はるか「追憶の欠片」、②花澤香菜「last contrast」の二曲。320KBPSのMP3で、プレイヤーはSONYのハイレゾウォークマンNW-A16だ。なんだよ圧縮音源のアニソンばっかりじゃん、というツッコミはナシで(笑)

まず、霜月はるか「追憶の欠片」。
メロディアスな伴奏の中に浮かび上がる切ないヴォーカルが魅力の楽曲で、DN-1000で出だしを聴いた瞬間に「このイヤホンに決めた」と思った。BA型ドライバが勝ちすぎると、痩せて枯れたような声になってしまうが、DN-1000は人間の声の暖かみを感じることができた。しっくりと耳に馴染む音だった。

次に、花澤香菜「last contrast」。
ドラムのビートから始まり各楽器がフルボリュームを響かせるイントロに、儚げな歌声が重なっていく楽曲で、下手なイヤホンだとがちゃがちゃうるさいだけになってしまう。
DN-1000は、イントロをうるさいと感じる一歩手前のところで鳴らしてくれたあと、ヴォーカルをチャーミングに描き出す。ラストのブレスも、まだなにか言いたいのに、というニュアンスまで伝わってきた。


ヴォーカルにはめっぽう強いDN-1000だが、苦手もある。
最大の弱点は、音場が狭いことだ。すべての音が、ぎゅうぎゅうに詰まっていて、広がりがあまり感じられない。
クラシックだと、独奏曲はいいがオーケストラは苦手だ。バッハの無伴奏とかショパンのピアノ曲などはいい感じで聴けるが、協奏曲や交響曲になると団子のように固まって演奏しているように感じる。

DN-1000は、ハイブリッド型3ウェイという凝った構造のイヤホンだが、出てくる音はそういうギミックを全面に押し出したものではなく、むしろそれぞれのユニットの個性が出しゃばりすぎないようにアレンジしてある。
音場の狭さは物足りないが、長く付き合っていけそうなイヤホンだ。

聲の形

昨年はアニメーション映画の当たり年だったように思う。
話題をさらったのは、日本映画歴代二位の興行収入を上げた新海誠監督の長編アニメーション『君の名は。』だが、他にも注目すべき作品が多かった。

今回ご紹介する『聲の形』も、そんな一作だ。
大今良時のマンガを、山田尚子の監督、吉田玲子の脚本で映画化した作品で、キャッチコピーは、『君に生きるのを手伝ってほしい』。

  170628-01_R.jpg

アニメーションは、作画に定評のある京都アニメーションが手掛けた。さすがといえる安定感とクオリティで、全体にハイレベルな仕上がりだ。

ストーリーを一言で紹介すると、生まれつき耳が聞こえない障がいを持つ少女と、小学校で同じクラスになった少年少女たちとの交流を描いた、青春ジュブナイルだ。

  170628-02_R.jpg

キャラの外観の造形は、美形かつオーソドックスで好感が持てるものになっている。主人公の将也(しょうや)はイマドキな少年だし、ヒロインの硝子(しょうこ)はとても可愛らしい容姿の少女だ。
脇役たちも、少々エキセントリックな外観の少年はいるものの、おおむね整った容姿の人物ばかりだ。

  170628-03_R.jpg

そして岐阜県大垣市の美しい景観を背景にした、優美な情景描写も見事なものだった。
  
  170628-04_R.jpg

全体として、爽やかな感動ストーリーを予感させるデザインである。
であるのだが……。

この作品が他作品と一線を画しているのは、描かれていく少年少女たちの交流が、綺麗なものだけではない、というか、むしろ醜いと言っていいものばかりだ、という点にある。

  170628-05_R.jpg

未見の方のためにネタバレは極力避けるが、全編を通して、将也の身勝手さ、硝子の卑屈さ、そして彼らをとりまく人物たちのエゴイズムが、これでもかとばかりに描き出される。

  170628-06_R.jpg

目を背けたくなるようなシーンや、錆び付いた刃物で心を抉られるようなシーンの連続で、観ていて気分が悪くなった。なぜお金を払って、時間をかけて、こんな思いをしなければならないのか。
だが、それこそが噓偽りのない「等身大」の人間なのではないかとも思う。わが身を振り返れば、けして彼らを嗤うことも軽蔑することもできない。だからこその不快感なのだろう。

  170628-07_R.jpg

濃密な物語だが、コミック7巻分の物語を二時間の尺で描くために、いささか詰め込みすぎたきらいがあるように思う。
そのため、物語の核となるはずの将也と硝子がたどる心の軌跡が、他の登場人物たちがまき散らすノイズに埋もれてしまって、じゅうぶんに堪能することができなかった。
感情移入が不足したまま物語が進んでしまい、結果として、大事なシーンで告げられるキャッチコピーへの共感が薄くなってしまったことは残念だった。

  170628-08_R.jpg   

とはいえ、この作品は、第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を始めとして、数多くの賞に輝いた秀作だ。さもありなんと納得のできる映画だし、問題作といっていいインパクトはあったと思う。

  170628-09_R.jpg

また、ヒロインの声優にキャストされた早見沙織の演技は、特筆されるべきだろう。声によるコミュニケーションができない少女という難しい役だが、唸りにしか聞こえない声や泣き声などだけで演じきって見せたのは見事だ。
とくに、たった一言のとても大切な言葉が、どうしても相手に伝わらないというシーンは、見ていてほんとうに切なくなった。

  170628-10_R.jpg

内容が内容だけに、誰にでも勧められる作品ではないが、数多くの人に見てもらいたいと思う映画だ。


※予告編PV(約1分)

 

ワイルド、オールド、シーサイド(南紀温泉めぐり・後半)

「つぼ湯」の受付は、湯の峰温泉公衆浴場の横にあった。

所在無げに窓口に座っている男性に待ち時間を聞いてみると、「今日は空いていますよ」という返事だった。
やはり運がいい。思わず嬉しくなったが、続く言葉は「今だと2時間待ちです」だった。
某テーマパークの人気アトラクション並みだが、無論ファストパスもエクスプレスパスもない。風情のある温泉街だから散策しながら待つかとも思ったが、時刻はすでに午後4時半である。今から2時間も待って入浴していては、白浜にとってある宿の夕食に間に合わなくなる。

今回の旅は温泉が目的とは言え、それだけではもったいないので、夕食には紀州名物の高級魚クエを使った会席料理を奮発した。
「つぼ湯」か、クエ会席か……。
温泉好きの食いしん坊にとって極めて酷な二者択一だったが、気持ちの天秤棒が食欲に傾き、「つぼ湯」は次の機会に譲ることにした。

後ろ髪をひかれつつ湯の峰温泉を後にし、国道311号線を紀伊田辺まで戻って白浜の温泉街に入ったときには、冬の日はすっかり暮れ落ちていた。

今夜の宿「浜千鳥の湯 海舟」は、白浜温泉の中心である白良浜地区からすこし外れた、眺望の良い岬に建つ宿だ。

 170531-01.jpg ※翌朝撮影

部屋で一休みしたところで、夕食の時刻になった。
メニューは、幻の高級魚といわれるクエをふんだんに使った会席だ。先付から始まり、アワビと熊野牛のステーキも付いた豪華なコースで、お目当てのクエ料理は、活け造り、茶碗蒸し、から揚げ、ちり鍋と雑炊だった。

 170531-02_R.jpg
 170531-03_R.jpg
 170531-04_R.jpg

初めて口にしたクエは、活け造りでは淡泊な白身の魚という感じだったが、揚げ物や鍋物になると、ぷるんとした弾力のある食感と、淡泊さと濃厚さが同居した味わいがぐっと増す。さすがに名物と推すだけのことはあって、久々に美味しい魚料理を堪能させてもらった。「つぼ湯」には悪いが、こちらをとって良かったと思った。

ご馳走で満腹になったら、次はお風呂だ。
この宿は、敷地内に合気源泉と文殊源泉という2つの源泉があり、豊富な湯を掛け流しで使った内湯の大浴場、貸切露天風呂、そして宿の名前にもなっている混浴の露天風呂「浜千鳥の湯」という三つの風呂がある。
なかでも「浜千鳥の湯」は、宿のホームページを見たときから気になっていた。

「浜千鳥の湯」に行くには、いったん宿の建物を出て、鬱蒼とした樹林の中を下る九十九折れの階段を辿らなければいけない。
足元は照明で照らされているし、何も出ないだろうことはわかっているが、ひとりで歩くのはちょっと怖かった。

 170531-05_R.jpg

やがて波の音が大きくなり、「浜千鳥の湯」に着いた。
写真は翌朝に撮ったものだが、まさしく絶景の露天風呂だ。

 170531-06_R.jpg

混浴ではあるが、ラップタオルのような湯浴み着が用意されているので、女性も男性も安心して入浴できる。
広い湯船には、男女数人の先客がいた。
暗い海の向こうには、白浜温泉街の夜景が見える。
寄せては返す波の音に耳を傾けながら空を見上げると、北極星を中心とした北天の星空が広がり、カシオペア座のW型のアステリズムが綺麗に見えた。満天の星空を仰ぎ、潮騒を聞きながらの湯浴みは、じつに贅沢な時間だった。


一夜明けた翌日は、残念ながら本降りの雨だった。
窓の外に広がるのは、雨に煙る太平洋だ。晴れていればさぞやいい眺めだっただろうと思う。

朝食は、和食の盛り合わせだった。

 170531-07_R.jpg

ひとつずつは一口くらいの料理だが、これだけ盛りだくさんだと、朝食としてはかなりのボリュームだ。
のんびりと朝食をいただくのも旅行の醍醐味だから、時間をかけて完食した。昨夜のクエ会席もすごいボリュームだったから、この二日ですこし太ったかもしれない。


さて、今回の温泉巡りのラストを飾るのは、白浜温泉の象徴といってもいい共同浴場「崎の湯」だ。
白浜温泉は日本三古湯のひとつで、日本書紀や万葉集に「牟婁の湯」という呼称で登場する。
湯崎、大浦、古賀浦、綱不知、白浜、東白浜、新白浜という七か所の温泉地を持つ一大温泉郷で、共同浴場の数も多い。その中にあって「崎の湯」は、立地、泉質、歴史のいずれにおいてもぶっちぎりのナンバーワンだろう。
だがこの風呂もやはり御三家に恥じず、入れるかどうかは行ってみないとわからないという事情がある。

駐車場に車を停めて、受付で料金を払う。
窓口のおばさんに、「あと30分で入れなくなるからね」と念を押された。宿でのんびりしすぎていたら、危ないところだった。
極めて簡易な脱衣場から外に出ると、「崎の湯」があった。

 170531-08_R.jpg

見てのとおり、太平洋に突き出した岬の先端、波が洗う岩礁をそのまま湯船にしたような岩風呂だ。
こんな風呂だから、当然のように満潮になると入浴できなくなる。
先ほどの受付の注意は、そういう意味だ。

潮が満ちる前に、湯船に浸かる。
波しぶきが降りかかるほど、海が近い。波打ち際とは、まさにこういうことを言うのだろう。
湯船を満たすのは、行幸源泉から湧き出すかけ流しの源泉だ。
この湯はその名が示すとおり、658年に斉明天皇と中大兄皇子が入湯したのを皮切りに、持統天皇、文武天皇なども入浴したという由緒正しい温泉だ。

潮の香りと、湯の香り。
いつまでも浸かっていたい風呂だが、堪能する間もなく潮が満ちてきて、係員に退出を促された。

いささか残念な気持ちで、奥の湯船に浸かる。
足を入れた湯船は底が抉れていて、かなりの深さがあった。こちらは、満潮でも入ることができるが、やはり面白みでは数段劣る。

紀州温泉御三家巡りは、一勝一敗一分けというところか。もうすこし「崎の湯」を味わいたかったな……。

そんな不埒な気分を、開湯1400年の温泉に見抜かれたのか、湯船の底の凹凸に足をとられた私は、見事にひっくり返ってしまった。派手に飛沫が上がり、「崎の湯」をたっぷりと味わうことができた。

ワイルド、オールド、シーサイド (南紀温泉めぐり・前半)

南紀には、魅力的な温泉露天風呂がたくさんある。
そのなかでも、川湯温泉の「仙人風呂」、湯の峰温泉の「つぼ湯」、そして白浜温泉の「崎の湯」は、知名度と存在感において御三家といっていいだろう。
私は、温泉好き、露天風呂好きを自称しておきながら、じつはまだこの御三家のどれにも入ったことがなかった。

春というにはまだ早い2月に、思いがけず何の予定もない連休が取れた。
天佑ともいうべきタイミングだったので、1泊2日で御三家を一気に楽しむ計画を立てた。
だが、この御三家、容易い相手ではない。揃いも揃って、入れるかどうかは行ってみないとわからない、というシロモノなのである。
期待とともに、多少の不安を抱きながら、車で自宅を出発した。

晴れた空の下、阪神高速湾岸線から阪和自動車道を南下し、田辺からは国道311号線に入る。紀伊半島の南部を横断する国道311号線は、熊野古道の中辺路をたどる道でもある。
巨大な山塊を縫うように続く道路は、車の量も少なく快適なドライブが続く。道中にはユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に指定された史跡も多い。心がひかれるが、今回の旅の目的はそちらではない。
1時間ほど走ると、車内に流れ込んでくる空気に、ほのかな温泉の匂いが混じってきた。

国道を逸れてトンネルを抜けると川湯温泉に着いた。
清流の大塔川に沿って、中規模の旅館が立ち並ぶ。ありふれた山間の温泉地という風情だが、川を掘れば約70℃の天然温泉が湧きだすという面白い特長を持つ。スコップを手にしてマイ露天風呂を作るという、フリーダムかつワイルドな入浴が楽しめることで有名である。

御三家のひとつ「仙人風呂」は、川湯温泉ならではの露天風呂だ。
大塔川の流れを堰き止めて、幅15メートル長さ50メートルの巨大な湯船というか温泉プールが造成されている。湯船のすぐ横にはパワーショベルが鎮座していて、露天風呂というよりは工事現場というのがふさわしい有様である。

 170524-01.jpg

これほどの規模の露天風呂でありながら、「仙人風呂」は大塔川の水量が少ない11月から2月までの間だけしか作られない。その上、そもそもが川の中なので、増水すると入浴できないどころか、風呂そのものが流失してしまうこともあるという。
期間限定で、しかも大塔川のご機嫌次第。行ってみないと入れるかどうかわからないというのは、そういうことだ。
この日の大塔川は穏やかな流れで、「仙人風呂」は入浴可能だった。

廃屋を改装した脱衣所で水着に着替え、ビーチサンダルをつっかけて風呂に向かう。水着着用の義務はないのだが、申し訳程度に葦簀の囲いがあるだけの超オープンな混浴風呂である。温泉には裸で入浴すべしをモットーとしているか、よほど肉体美に自信がある人でないかぎり、水着着用がエチケットというものだろう。
それにしても、冬の温泉街を海水浴かプールに行くような恰好の人々がうろうろと歩く光景は、当事者ですら失笑を禁じえないほどミスマッチだ。今まであちこちの露天風呂を巡ってきたが、これほど違和感のある入浴は初めてだった。

仮設のつり橋を渡って、いざ入浴である。
膝までの深さの湯船を満たす湯は、足元湧出の源泉と川の水が混ざった絶品。
だが、見てのとおりのワイルドな風呂だ。湯加減の管理などは、まったくなされていない。足を浸すこともできないほど高温な場所もあれば、水風呂のような冷たい場所もあって、適温の場所には人だかりができている。

 170524-02.jpg

それと水質(泉質ではない)は、はっきり言ってあまりよろしくない。言い方は悪いが、大きな水たまりみたいなものなので、水中には湯垢か泥か判然としないものがうようよと浮遊している。綺麗好きな人は、共同浴場で上がり湯を使うと良いだろう。
いろいろ書いたが、「仙人風呂」は解放感抜群で、じつに気持ちの良い露天風呂だった。これを無料で提供してくれる川湯温泉の人々には、頭が下がる思いだ。ちなみに、風呂の入り口には募金箱があるので、感謝の気持ちを込めていくばくかの寄付するのも良いだろう。


御三家のひとつ目は、無事にクリアできた。幸先は良いので、この調子で次に行こうと思う。

川湯温泉をあとにして、鄙びた山村を抜ける旧熊野街道を走り、湯の峰温泉を目指す。そこにあるにある「つぼ湯」が、御三家の二つ目だ。「仙人風呂」とは違って年中無休で、営業時間中であれば入浴できる共同浴場だが、この風呂にも御三家を名乗るだけの事情がある。ある意味では、御三家のなかでもっとも難易度が高いかもしれない。

「つぼ湯」は、その名の通り壺のような小さな岩穴に自噴する温泉だが、開湯以来1800年の歴史を持つ日本最古の共同浴場であり、おまけに「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産にも登録されている。
とんでもなくプレミアムな風呂なので、当然のごとく人気が高い。休日はおろか平日でも大勢の人が訪れるが、湯船は小さいので一度に入浴できるのは2~3人が限度である。混乱を避けるため、一回30分ずつの貸切にして、入浴希望者は受付をしてから順番を待つという仕組みになっている。予約はできず先着順なので、すぐに入れることもあれば、数時間待つこともあるという。行ってみないと入れるかどうかわからないというのは、そういうことだ。

車窓の谷が狭くなり、湯の峰温泉に着いた。
せせらぎのような四村川の両岸に小さな旅館が立ち並び、空気に混じる温泉の匂いはかなり濃厚だ。川岸には湯筒という高温の源泉湧き出し口があって、土産物屋で買った玉子や野菜を茹でて食べている観光客もいる。山紫水明で開放的な雰囲気の川湯と違って、こちらは落ち着いた湯治場の雰囲気を漂わせていた。

 170524-03.jpg

本来なら、のんびりと散策でも楽しみたいところだが、私はわき目もふらずに「つぼ湯」の受付に向かった。

 170524-04.jpg

【後半に続く】
≪前のページ≪   1ページ/57ページ   ≫次のページ≫

ようこそ

オーナー

TOM-F

Author:TOM-F
 
 ようこそ、Court Cafe へ。

 自作小説をメインに、アニメや旅行記など趣味のお話を綴っています。
 楽しいひとときを、おすごしください。

作品

FEOバナー

花心一会バナー

あの星バナー

妹背の桜バナー

記事

コメント

ブロとも

ブロとも申請

リンク

外部リンク